CD屋に行ってみても、日本の歌曲のCDはほとんど買い尽くしてしまった。音楽の友社の「レコード芸術」に載るものも年間10数枚で、これも全部買っている。
あと頼るものはインターネット、これで「日本の声楽家」というのを見ると、100人以上の名前が載っている。その一つ一つを開いて見てみると、日本の声楽家はほとんどが日本の歌を歌っていないということがよく分かる。彼らは西欧の歌だけが芸術であると信じているらしい。中でもオペラへの憧れは異常で、オペラ歌手と呼ばれることが無上の光栄らしい。
そんな中から、三浦克次という名前を開いてみると、『日本の歌 ~今、この歌を~』というCDを出していることが分かった。伴奏者は私の敬愛する塚田佳男である。これはホンモノだろうということで、生まれて初めてインターネットで買い物をしてみた。すぐ、本当に3日とかからずに送られてきた。
まず、選曲が気に入った。『荒城の月』のような明治の名曲があると思えば、『冬景色』のような唱歌の名曲もある。石川啄木が出てくると、その次に若山牧水が出てくる。中田喜直と中村八大が並んでいるし、武満徹の名曲が3曲も歌われている。小林秀雄の『日記帳』(『落葉松』でないところがなんともニクイね)、そして木下牧子の『さびしいカシの木』で終わるのである。
全24曲、79分58秒の熱唱が、送料・振込料なしで、わずか2,500円なのである。
三浦は全部が名唱である。どこがいいかというと、まず気持ちの入れようが全く違うのである。そして繊細である。男性歌手が陥りがちな、荒々しさが全くないのである。歌はff(フォルティッシモ)で勝負するのではなく、pp(ピアニッシモ)で勝負するのだとよく言われているが、盛り上がってくる感情の抑制、それが聴き手の心を揺さぶるのである。みんな素晴らしいが、一曲だけ上げれと言われれば、私は『白鳥の歌』を上げたい。
『白鳥の歌』は若山牧水作詞、古関裕而作曲の名曲であるが、近頃はあまり歌われていないようである。私のCDコレクションの中でもわずかに2人、鮫島有美子、竹沢嘉明によって歌われているだけである。正直なところ、こんなにいい歌だとは思っていなかった。特に3番は涙の出てくるほどの名唱であった。
ちょっと待ってほしい。涙の出てくるほどの名唱といえば、『死んだ男の残したものは』を外す訳にはいかない。私は8人の歌手と1合唱団の『死んだ男』を持っているが、この中でピカイチが三浦克次である。1、2、3番の悲しさはどうであろう。中でも3番の子どもの死の悲しさは涙なくして聴くことができない。
そして一転して4番、兵士の死、怒り狂う歌唱である。もちろん戦争を始めて、人々を殺し、兵士を殺して、平和を求めている愚かな愚かな人間に対する怒りである。そして5番、空しさ寂しさ、もう涙も涸れ、力も尽きてしまった。ピアノの伴奏もとぎれてしまうのである。最後の6番、かすかな明るさ、希望が見えてくる。人々はまた歩みはじめる。
私は、これだけ完璧に谷川俊太郎の詩を歌った人を知らない。歌の中に人間のドラマがある。あるいは、血の通った人間のドラマが歌われているのである。
最後に塚田佳男の素晴らしさはいうまでもない。第1曲目の『荒城の月』を聴いただけで、彼の右に出る日本歌曲の伴奏者がいないことが分かるのである。
2007.02.18 T.Mさん筆